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京都地方裁判所 昭和23年(ワ)669号 判決

原告 吉村信次郎

被告 株式会社昭和産業相互銀行

一、主  文

原告において金五万八千三百十五円八十四銭を支払いたるときは被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の不動産につき昭和十七年十二月二十二日売買を原因とする所有権の移転登記手続をなせ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として原告と被告会社の間には昭和十七年十二月二十三日左記趣旨の和解契約が成立した。(一)原告は被告会社に対し金五万八千三百十五円八十四銭を支払い、且つ被告会社が別紙目録記載の不動産(以下本件不動産と略称)につき原告又は原告指定の者に所有権移転登記手続をなすことを承諾する旨の訴外出口守男の承諾書を交付したときは被告は本件不動産につき原告又は原告指定の者に所有権移転登記手続をなすこと。(二)右約定は宅地建物等価格統制令に基く京都府知事の許可を停止条件とすること。(右の所有権移転登記は表面売買名義でするので右統制令第二条但書により譲渡価格につき京都府知事の許可を要するわけである。)(三)右京都府知事に対する許可申請は原告においてその手続をなすものとし原告は昭和十八年一月二十日迄にその申請をなすこと。(四)原告は右許可到達後三十日以内に右(一)記載の義務を履行するものとし、若し之を怠る時は何等の意思表示を要せずして、期間の満了と同時に本契約は消滅するものとすること。而して訴外出口守男は原告との間に昭和十八年一月十四日所有権移転に関する契約公正証書を作成し、同人は金二万八千円を内金一万円は右不動産所有権移転登記と同時に残額はその後六ケ年間の分割払で原告から支払を受ける条件で、本件不動産につき被告会社が原告に所有権を移転してその登記をなすことを承諾し、同日同人は被告会社宛の右承諾書を原告に交付したのである。よつて原告は右契約所定の期間内たる昭和十八年一月十六日京都府知事に対し本件不動産につき宅地建物等価格統制令第二条但書により譲渡価格の許可申請をなし、昭和十九年三月十日譲渡価格金七万三千三百九十六円六十四銭で府知事の許可を得たので、被告会社に支払うべき金五万八千三百十五円八十四銭及び訴外出口との契約により同人に支払うべき金一万円の資金を調達すべく日本勧業銀行京都支店出入の不動産売買並に金融業訴外山中喜六を介して同支店に交渉し、原告が被告会社より本件不動産につき所有権移転登記を受けた上は、直ちに抵当権設定登記をなして同支店から金七万円の金融を受けることに内諾を得ると共に、右勧業銀行の融資あるまで差当り山中より右銀行の融資で返済する条件で金七万円を借受けることの承諾を得たので、昭和十九年四月七日原告は訴外青木虎之輔、岡本幸次郎、高岡善之助と同道被告会社に赴き代表取締役上田伝三郎に面接し、京都府知事の前記許可書並に訴外出口守男の前記承諾書を呈示し、被告会社に対する約定弁済金の調達もできた故一両日中に取引をすませたいと申入れたところ、当時恰も出口が原告及び被告を共同被告として京都地方裁判所昭和十九年(ワ)第二〇号契約存在確認請求事件の訴訟を提起し来つた矢先であつて、該訴訟は前記本件原被告間の和解契約成立以前本件不動産に関連して昭和十六年九月十二日訴外出口と被告会社との間に締結せられた契約の存在確認を求めるもので、従つて当然本件原被告間の和解契約の存在を否認する趣旨のものであつたところから、上田はこれに藉口して原告呈示の出口の承諾書では不安であるとなし、出口から新規に承諾書を徴して提出されたいと要求した。原告は上田の意外な要求に驚き既に出口は承諾をなし承諾書を作成しているのであるから、新たに同人より承諾書を徴する必要のない旨力説すると共に、出口に新しく承諾書の交付を交渉し、時日を徒過するときは京都府知事の許可書到達後三十日以内という約定期間内に被告会社に債務の弁済ができなくなり、その結果特約により折角の和解契約が失効し、原告として由々しきこととなる旨を告げ、右呈示の承諾書により取引実行方を極力要請したが、上田は後日出口から損害賠償等の請求を受けては困るから是非共出口を納得させて、新規に承諾書を徴して提供して貰いたいと主張して予め弁済の受領を拒み、そのため原告は約定の期間内に弁済ができなかつたのみならず、上田はその際原告に対し出口と交渉のため約定の弁済期限を経過することとなつても被告会社としては、期限を云々して原告に不利益を与えることは絶対にしない旨確約したのであつて、ここに本件契約は履行期の定なきものとなつたのである。而して原告は一応出口と交渉してみたが出口は聴かず、その後再三被告会社に取引実行方を要請するも、被告会社は依然出口の前記訴訟に藉口して応じなかつた。出口提起の訴訟事件においては、請求原因の変更が度々あり、結局本件原被告間の前記和解契約の無効確認を求めるということになつたが、弁論の延期を重ねるうち遂に昭和二十二年中休止満了となり終結をみた。この訴訟は諸般の情況上被告会社が出口を使嗾して提起せしめたものと思料せられたのであるが後日(昭和二十五年一月二十七日)出口の告白により被告会社代表者上田が右和解契約の履行を拒否することを策し出口をしてこの馴合訴訟を提起せしめたことを確知したのである。

よつて原告は被告に対し右和解契約の履行を求めるため本訴に及んだと述べ、

被告の答弁事実につき第一、(一)京都府知事の許可書は約定期間たる昭和十八年一月二十日までにした許可申請に対するものでないから無効であるとの主張に対し、原告は昭和十八年一月十六日宅地建物等価格統制令第二条但書による許可申請をしたのであるが、係官巽は曩に被告会社が本件不動産の一部を島津製作所に売却せんとして譲渡価格につき京都府知事の許可を得ていたことを理由に、譲渡人である被告会社の側から許可申請をなすのが相当であるとなし同年二月三日付京都府経済部長名義で申請書類を返戻した。そこで原告は右統制令第二条但書による許可申請は譲渡人譲受人の何れよりするも差支えないのであるが、原告被告間の契約により原告の方でその申請をすることになつていることを述べて申請書の進達を懇請し当初よりの事情詳細を説明したところ、巽係官は被告会社が島津製作所へ本件不動産譲渡の許可を受けたのは真実自己の所有物件でないものにつき譲渡の許可を受けたものでその許可は無効のものであるから、被告会社に命じて許可取消の申請を出させるか、若し被告会社が応じない時は府において右許可取消処分をすると言つて被告会社に対し取消申請を命じ、被告会社は巳むを得ず同年十一月六日許可の取消申請をなし同月十三日その取消があつたのである。当時官庁事務の簡捷令により曩に原告の提出した昭和十八年一月十六日付の許可申請書は二ケ月の期限たる同年三月十六日迄に許否の裁決をしなければならなかつたものであるので、右申請書をその儘進達することは困難であるから新しく申請書を作成提出してくれとのことで、昭和十九年一月六日更に前同様の申請書を提出し、同年三月十日その許可を得たのである。右の次第で原告は約定の期間内に京都府知事に許可申請をなしたものでその後申請書類の返戻を受け再度提出したことはあるが、それは府係官の誤つた措置によるもので原告の責に帰すべきでない。仮りに然らずとしても被告会社は許可申請の約定期限の終期たる昭和十八年一月二十日の後である同年六月頃手紙で原告に対し、適法に許可申請の途があるならば期限経過は問題にせず異議を述べない旨約束したのである。(二)右許可書が原告の虚偽の事実を記載せる申請書に基き与えられたもので無効であるとの主張につき、原告は府知事に対し譲渡価格の許可申請をするに際し、その手続一切を府庁前行政書士小村谷善吉に依頼したが、同人は係官に対しその認可価格決定の資料として原被告間の本件契約覚書及び前記原告出口間の所有権移転に関する契約公正証書を提示し、之等により原告が本件不動産の所有権移転登記に関連して被告会社及び出口に支払うべき金額の内訳内容を明かにし、係官の意見を聞いてその取捨指示するところに従い申請書を作成提出したものであつて虚偽の申請をしたものではない。仮りに虚偽の申請であるにしても虚偽の程度が被告主張の如き些細のものでは、この申請に基き発せられた許可が無効となるものでなく取消されない限り有効であることは勿論である。(三)右許可書の譲渡価格は七万三千三百九十六円六十四銭にすぎず被告会社に支払うべき五万八千三百十五円八十四銭と出口に支払うべき二万八千円の合計八万六千三百十五円八十四銭に遠く及ばないから約旨に適合しない無効の許可であるとの主張に対しては、そもそも本件和解契約における所有権移転登記に関する約定は原告が被告会社に対し被告会社が本件不動産につき従前支出した諸費用合計金五万八千三百十五円八十四銭を弁済し訴外出口の承諾書を交付した時、被告会社は原告又は原告指定の第三者に本件不動産の所有権移転登記をなすことを約定するものであつて、原告が代金五万八千三百十五円八十四銭で被告会社から本件不動産を買受ける約定ではないこと、只その所有権移転登記は表面売買名義で之をなす関係上その登記に府知事の譲渡価格許可書を必要とするところから、所有権移転登記に関する約定は右府知事の許可を停止条件としたにすぎないことは前記原告主張のとおりである。従つて府知事許可の譲渡価格の如何の如きは本件和解契約の効力には何等影響のない事柄である。又原告が訴外出口をして右所有権移転登記を承諾させるにつき出口に約定したことは、出口が本件不動産に関し従前支出した諸費用合計金二万八千円を内一万円は所有権移転登記と同時に残額一万八千円はその後六ケ年間に分割して支払うことであつて、これ亦売買でないことは言を俟たない。従つて府知事許可の譲渡価格如何は右原告と出口との契約の効力につき全然無関係の事柄である。(尤も府知事の許可した譲渡価格は七万三千三百九十六円六十四銭であつて、所有権移転登記に際し原告が被告会社に支払うべき約定金五万八千三百十五円八十四銭及び出口に支払うべき一万円の合計金六万八千三百十五円八十四銭は右許可価格の範囲内ではあつたわけである。)なお現在では宅地建物等価格統制令は廃止せられ同令による府知事の譲渡価格許可ということもなくなつているから、前述の和解契約の(二)の約定は無条件となつたものである。次に第二、原告は昭和十九年四月七日以後久しく本件契約の履行を放置しており、その権利を放棄したものであるとの主張に対しては、前述の如く被告会社は出口を使嗾して被告会社と原告を共同被告とする馴合訴訟を提起させ之を口実に和解契約の履行を拒否したので、原告は竹川兼栄弁護士に依頼して応訴中同弁護士が病死し次で山崎松三良弁護士に依頼引続き抗争していたが、該訴訟事件が前記の通り昭和二十二年八月三十日休止満了により取下となつたので、翌二十三年九月本件訴訟を提起したものであつて、問題を等閑に付したものでもなく又勿論権利を放棄したのでもない。次に第三、被告会社の本件債務(若しありとするも)は金融機関再建整備法第四条及び同法施行令第二条による申出を怠つたため消滅したとの被告抗弁に対しては、本件不動産は後に詳述する通り本来譲渡担保として被告会社に差入れられたものであるから、会計学の通念上被告会社の資産として貸借対照表に掲上すべきものではなく、又被告会社が原告から債務弁済を受けた場合原告に対し譲渡担保たる本件不動産につき所有権移転登記をなすべき債務並に之に対応する原告の債権も、条件附の未確定の債務又は債権であるため、同様会計学の通念に照し被告会社の負債として又は原告の資産として貸借対照表に掲上すべきでない。仮りに百歩を譲り本件不動産が譲渡担保でないとしても、本件契約により原告が随時その債務弁済をすれば被告会社は本件不動産につき原告に対し所有権移転登記をなすべき債務あることは明かであり、而してこの被告会社の債務並に之に対応する原告の債権も条件附の未確定の債務又は債権であることに変りはないから会計学上貸借対照表に負債又は資産として掲上さるべきものでなく、従つて金融機関再建整備法第四条並に同法施行令第二条に所謂債務又は債権に該当せず、右法条の適用を受けないのである。仮りに同法条の適用があるとしても原告は同法第四条第三項に所謂第一項の期日に知れている債権者であるから旧勘定の整理から除斥されることはない。次に第四、事情変更の主張に対しては法律に根拠を有しない独自の見解で真面目に採上げて応答すべき限りでないと考えると述べ、

尚本訴請求原因たる和解契約成立の事情につき、本件不動産は原告が昭和十年頃全資産を投じて建設しアパートを営んでいたものであるが、経営難に陥つたため原告は昭和十四年本件不動産に抵当権を設定し且つ停止条件附所有権移転請求権保全仮登記をして訴外山陽金融無尽株式会社より金三万九千円を借入れたところ、その後昭和十六年夏頃その弁済方法について仲介人の当初の言と右会社の出方に喰違いがあり結局至急返金の巳むなきに立到つた結果、交渉の末右借入金を金四万円で決済解決することとなり、原告は同年九月中訴外出口守男から一万五千円を被告会社から二万五千円を夫々借受け合計四万円として山陽無尽に対する債務を弁済した。而して原告は被告会社から右金融を受けるに当り本件不動産を担保としてその所有権を被告会社に移転することとなつたのであるが、売買名義で所有権移転登記をすると単なる不動産の売買と目され無尽業法牴触のおそれがあつて面白くないという被告会社の都合で、表面形式上被告会社が二万五千円を出して右訴外会社の原告に対する債権を譲受け、仮登記権利者たる訴外会社の有利な地位を承継し、且つ即日右譲受債権に対する代物弁済として原告より本件不動産の所有権移転を受けたこととしてその旨を登記した。けれども右不動産所有権移転の実質は勿論譲渡担保であるから、債務を弁済するときは不動産の所有権は原告名義に返還せられる約束であつた。尚その際借入金の利息の支払に代え原告はアパート賃料収受の権利を被告会社に譲渡したのであるが、無尽業法の関係を顧慮する被告会社の都合により表面被告会社の常任監査役松岡孝吉個人にアパートの営業権を譲渡して同人名義で収受させることにしたのであつて、後日不動産の所有権が原告名義に返還されるときは、アパートの営業権も松岡から原告に返還される約定であつた。然るに昭和十七年二月下旬被告会社は右の約束を無視して本件不動産を訴外島津製作所に売却せんとしたので、これを聞知した原告は大いに驚き種々折衝したのであるが、被告会社において真実の所有権移転があつたものと言張り埒が明かぬため、同年十一月中被告会社代表者上田伝三郎を相手どり詐欺の告訴をした。ところが告訴の結果係検事の勧告もあり被告会社は譲渡担保として本件不動産を取得したことを認め、同年十二月二十三日原告と被告会社との間に請求原因に記載した如き和解契約が成立したのである。と附演した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中、原告被告間に原告主張の如き趣旨の条項よりなる契約が成立したことは認める。しかし乍ら、被告会社は当時後述の如く本件不動産につき完全な所有権を取得していたものであつて、之を原告に売渡す契約をしたのであるから、右は原告主張の如き和解契約でなく売買契約である。原告主張の日時頃原告が被告会社を訪れ代表取締役上田伝三郎に面会したこと及びその時京都府知事の許可があつたと申述べていた事実、及び訴外出口守男が昭和十九年一月原告と被告会社を共同被告として昭和十九年(ワ)第二〇号契約存在確認請求訴訟を提起し、この事件は昭和二十二年五月二十一日の口頭弁論期日が休止になり休止満了により取下げになつた事実は認める。原告と出口の間に原告主張の如き所有権移転に関する契約公正証書が作成されていたことは不知、その余の事実は否認する。即ち本件契約によれば許可書到達後三十日以内に原告は金五万八千三百十五円八十四銭を支払い、且つ訴外出口守男の承諾書を交付することになつているに拘らず、原告は右期間内に右代金の支払をしなかつた。原告は昭和十九年四月七日青木虎之輔外二名と共に被告会社に同会社代表取締役上田伝三郎を訪ね、約定弁済金の調達もできたから一両日中に取引をすませたいと申入れたと主張するが、右事実は真実に反し被告会社の認め難いところである。即ちその際原告は上田伝三郎に対し直ちに金員の支払ができないから先に所有権移転登記をして貰えぬかと申込んだが、被告会社としてはさようなことはできないと断つたのである。而も原告自身の主張によるも原告は被告会社に金五万八千三百十五円八十四銭の支払も提供もしていないことが明白である。更に原告は訴外出口の承諾書を提出しなかつた。出口は本件原告及び被告会社を相手方として昭和十九年一月京都地方裁判所同年(ワ)第二〇号契約存在確認請求訴訟事件を提起し本件契約の存在を争つていたのであるから、承諾書を原告に交付することはできない状況にあつた。又原告は被告に対し現在までに出口守男の承諾のあつたことを告知したこともない。よつて許可書到達後三十日の経過により本件契約は消滅したのである。被告会社代表者は原告の履行受領を拒絶したこともなく又履行期を猶予したこともない。

次に本件契約は第一、宅地建物等価格統制令に基く京都府知事の許可を停止条件とするものであつた。そして(一)右許可申請は昭和十八年一月二十日までにしなければならないことになつているが、原告はその期日までに右手続をせずその後手続をしたがそれは却下された。従つて右契約は停止条件が成就せず効力を発生しないで終つた。又原告は昭和十九年三月十日京都府知事の許可があつたと主張するが、それは同十九年一月六日の申請に基くもので、却下されて後再びしたものであるから効力がない。(二)仮にそうでないとしても右許可は事実に反する虚偽の記載をした申請を基礎として与えられたものである。原告出口間の契約によれば出口に支払うべき金は二万八千円であつてこの内容には一万五千円の出資金の外、その利子二千五百円、山陽無尽との仲介手数料千二百円、出口と原告の間における特約の利得金五千円、占有引渡の費用二千二百五十円、被告会社より原告が買得する手数料二千円を含んでいる。然るに原告が京都府知事に提出した許可申請書には出口に支払すべき金員総額並に内容について虚偽の記載がある。即ち右契約で利子は二千五百円であるのに四千百二十五円とし、白畠弁護士の報酬は出口との契約にないのに右報酬金五百円を記載し、調査費三百七十五円を加え、総額二万円を出口に支払うべきものとして申請している。なお申請理由には被告会社に不正行為があり、之を認めて示談した如き記載並に被告会社が原告に代物弁済による所有権移転の仮登記を要求しておき乍ら原告不知の間に本登記に変更したとの如き記載があるが、何れも虚偽の甚しいものであり、かく虚偽の申述を基礎としてなされた許可は根本的に無効である。原告と被告会社との契約では真実を申述して京都府知事の許可が得られるならばという条件であつて虚偽の事実を述べて許可を受ける如きは許されないのである。(三)仮にそうでないにしても申請書記載の譲渡価格は被告会社に支払うべき五万八千三百十五円八十四銭と出口に支払うべき分二万円を加え金七万八千三百十五円八十四銭であるのに、京都府知事は両者を合せて七万三千三百九十六円六十四銭のみを認めたのである。申請のとおりに許可されず金額が訂正されたのであるのみならず、この七万三千三百九十六円六十四銭より被告会社に支払うべき五万八千三百十五円八十四銭を差引けば、出口には一万五千八十円八十銭を支払いし得るのみであり、これでは出口が承諾する筈がない。若し出口に支払うべき金員を差引けば被告会社に支払うべき金が不足し被告会社として承服できない。従つて被告会社にも出口にも承諾を求めようとすれば許可金額の外に闇の金銭の授受が行われなければならないのであり、右の如き許可は原告と被告会社との契約に適合する府知事の許可ではないと言わなければならない。以上の如く京都府知事の許可が約旨に反した無効のものであるので、この許可を停止条件とした前記契約は条件不成就によつて消滅したものである。第二、仮に然らずとしてもその後原告は被告会社に対し、本件契約について何等の申入をしたことがない。それは原告において金の融通がつかず出口の承諾も得られなかつたためであろうが、一面戦争が日増に苛烈になり都市爆撃が盛に行われるようになつて京都の運命も何時かはかられず、都市からの疎開が流行し、而も空家になれば取毀されるという噂が出て都市の建物は殆んど無価値同様になつたので、原告はすべてを放棄したものと思われる。以上の如く原告の主張は理由のないものであるが、第三、仮に原告主張の如き債務が被告会社に存するとしても、その負債は金融機関再建整備法第四条及び同法施行令第二条により旧勘定の負債であり、且つその債権は当該金融機関に申出でなければならないのに、原告はその手続をしていないから旧勘定の整理から除斥せられてその請求権は消滅している。原告は知れたる債権者であると主張するが知れたる債権者ではない。被告会社は原告を債権者と思つていなかつたし、現在でも原告が債権者であるとは思つていない。従つて原告が同法の規定に従い申出をしたならば格別そうでない本件においては旧勘定の整理から除斥せられている。第四、仮りに然らずとしても貨幣価値の変動は公知の事実であるから、契約当時のままの金五万八千三百十五円八十四銭を受領して、本件不動産の所有権移転登記をなすが如きは条理に反する。この意味において本件契約は事情の変更により契約は無効になつたというべく、然らざれば当時の物価指数と現在とを対比しそれに相当する金員の支払あつた場合に所有権移転登記の義務あるものとしなければならない。そして被告は百倍の五百八十三万千五百八十四円を以つて相当と信ずると述べ、尚本件契約成立の経過は次のとおりである。昭和十六年当時本件不動産は原告の所有であつたが左の如き負担を負い原告としては如何ともする能わざる状態であつた。即ち別紙目録記載ロ、ハ及びニ号物件には山陽金融無尽株式会社のため昭和十四年八月九日原告及び吉村コマが連帯債務者である債権額四万三千九百八十六円の第一番抵当権、右債務不履行の場合に抵当権の実行に代え抵当物件を債務額とみなして代物弁済し得る停止条件附所有権移転契約及び同請求権保全仮登記、イ号物件については債権者堀井重伯債務者原告の債権額金一万五千円の第一番抵当権、イ、ロ、ハ及びニ号物件につき山陽金融無尽株式会社のため昭和十四年九月二十日債務者原告の金二万七百三十六円五十銭の第二番抵当権、右債務不履行の場合に代物弁済し得ることの停止条件附所有権移転の契約及び同請求権保全の仮登記が存したのである。而してその後イ号物件は売買により原告から訴外藤田喜代へ、更に同井上彦三郎へ、ロ号物件は売買により原告から訴外中野繁蔵へ、ハ号物件は原告より訴外池田竹へ、ニ号物件は売買により原告より訴外池田竹へ、同人より同別府健一へ、更に同天津創へ、各所有権移転の上右本登記を経由していたのである。而して原告は右山陽金融無尽株式会社の債務の支払を怠り強硬な督促を受けていた。そして同会社と交渉の結果一定の期日までに金四万円を支払えば解決し得ることになり、偶々訴外出口より一万五千円を出金せしめこれを入金したが、残金二万五千円の金策ができずその儘放置すれば金四万円で解決し得るという特約が無効になることになつた。そこで他より金を借りて出金している出口は大いに困却して被告会社に借金を申込み、被告会社としては出口の事情を聞き同情に堪えず同人を救済するため、被告会社が山陽無尽に金二万五千円を支払つて同会社の有するすべての権利の譲渡を受け、山陽無尽の地位において代物弁済により原告から本件不動産の所有権を取得してその登記をなした。而して出口は該不動産を他に売却してその代金より被告会社の出資したすべてを差引きその余剰の中から自己の出資している金一万五千円を取得することとなり、原告は右のすべてについて異議なく之を承諾したのである。従つてこの被告会社が所有権を取得したのは原告に金を貸してその担保のためにしたのではなく代物弁済として真実に被告会社が所有権を取得したのである。而して本件不動産には前述の如くの負担があり所有権の本登記もすでに他になされており、占有もそれ等の者がしていたので之に対する交渉は頗る困難であつた。そこで被告会社自身で交渉するの外、弁護士小橋寿夫、杉原喜与人に依頼して天津創、池田竹、藤田喜代、井上彦三郎等に対し交渉せしめ、天津創に六千円、池田、中野、藤田に各三千円、井上に二千円を支払して占有の取得及び登記抹消の承諾を得、又池田に敷金二百六十六円及び設備費五百円を支払い、又先順位抵当権者堀井重伯に元金一万五千円及び利息を支払い、又両弁護士に千五百円の報酬を支払つた。かくて被告会社は多大の努力と出費を以て法律上も事実上も完全な所有権及び占有権を取得することができたのであつて、原告主張の如く単に譲渡担保として所有権を取得したものではない。出口守男は右不動産を売却する権利を取得したのでその売却について奔走したのであるが、その結果右物件の一部を島津製作所に売却しようとしたところ原告は右売買の話を聞いて利益の分配を得ようと考えたものか、昭和十七年十一月京都地方裁判所検事局に無根の事実を主張して被告会社代表者上田伝三郎を告訴したのである。その際取調の上告訴事実が罪にならないことは判明したが、被告会社に不利益がなければ原告に売つてやつてもよいではないかという係検事の話もあつたので、被告会社も実際に自分が支出している金五万八千三百十五円八十四銭の支払を受けることができればとその代金で原告に売却することの契約をしたのである。と附演した。<立証省略>

三、理  由

昭和十七年十二月二十三日原告被告会社間に本件不動産につき次の如き趣旨の契約が成立したことは当事者間に争がない。(一)原告は被告会社に対し金五万八千三百十五円八十四銭を支払い、且つ被告会社が本件不動産につき原告又は原告指定の者に所有権移転登記をなすことを承諾する旨の訴外出口守男の承諾書を交付したときは、被告は本件不動産につき原告又は原告指定のものに所有権移転登記手続をなすこと。(二)右約定は宅地建物等価格統制令に基く京都府知事の許可を停止条件とすること。(三)右京都府知事に対する許可申請は原告においてその手続をなすものとし、原告は昭和十八年一月二十日迄にその申請をなすこと。(四)原告は右許可到達後三十日以内に右(一)記載の義務を履行するものとし、若し之を怠るときは何等の意思表示を要せずして期間の満了と同時に本契約は消滅するものとすること。而して原告は、被告会社が予め右契約に基く原告の金員支払を受領することを拒絶したのみならず、その際当事者間の合意により期限の定めなき契約に変更されたと主張し、被告は原告が右契約所定の期限内に約定債務を履行しなかつたから同契約はそれによつて何等の意思表示を要せず消滅したものであると抗争するので、先ずこの点について判断するに、証人出口守男、青木虎之輔、岡本幸次郎の各証言により真正に成立したと認められる甲第三号証の一、二原告本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証の一、同第五号証、成立に争のない甲第十号証の一、同第十二号証の一乃至五、同第十三号証、同第十六号証の一、原告本人尋問の結果成立を認める甲第十六号証の二、証人山中喜六の証言により成立を認める甲第十七号証の一乃至三、日本勧業銀行より取寄に係り当裁判所に於てその原本の存在と成立を認めうる同第十八号証の一乃至三に証人出口守男、岡本幸次郎、山中喜六、青木虎之輔の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は被告会社に対し右契約の履行を求めるためには出口より承諾書を得て被告会社に交付しなくてはならないので、右契約成立後直ちに出口と交渉し、昭和十八年一月十四日出口は原告より金二万八千円を内金一万円は本件不動産所有権移転登記と同時に残額はその後六ケ年間の分割払で原告から支払を受ける条件で、本件不動産につき被告会社が原告に所有権移転登記をなすことを承諾し、同日同人は右承諾書を原告に交付し、よつて原告は京都府知事に対し本件不動産につき宅地建物等価格統制令第二条但書により譲渡価格の許可申請をなし、昭和十九年三月十日譲渡価格金七万三千三百九十六円六十四銭で許可を得たので、被告会社に支払うべき金五万八千三百十五円八十四銭及び訴外出口との契約により差当り同人に支払うべき金一万円の資金を調達すべく、日本勧業銀行京都支店出入の不動産売買並に金融業訴外山中喜六を介して同支店に交渉し、原告が被告会社より本件不動産につき所有権移転登記を受けたときは直ちに之に抵当権設定登記をなして同支店から金七万円の金融を受けることの内諾を得ると共に、右勧業銀行の融資あるまで差当り右山中より同銀行の融資で返済する条件で金七万円を借受けるとの承諾を得たので、昭和十九年四月七日原告は青木虎之輔、岡本幸次郎、高岡善之助と同道被告会社に赴き代表取締役上田伝三郎に面接し、京都府知事の前記許可書並に出口の前記承諾書を呈示し、被告会社に対する約定支払金員の調達もできた故一両日中に取引をすませたいと申入れしたところ、上田は一旦検事局において右契約を締結したものの、何とかしてその履行を免れる方法はないものかと苦慮した挙句出口と通謀し同人をして馴合訴訟を提起せしめ、本件不動産に関する原被告間の前記契約の効力ひいては昭和十八年一月十四日出口が原告に与えた前記承諾の効力を争わしめ、これに藉口して右契約の履行を免れようとし、出口は之に応じて同十九年一月原被告を共同被告として右趣旨の訴訟を提起した結果該事件は京都地方裁判所昭和十九年(ワ)第二〇号事件として係属中であつたこととて、上田は、出口より原告に対し既に承諾書を与えたことを聞知していたに拘らず、原告呈示の出口の承諾書を披見することもなく新たに承諾書を徴せられたいと要求し、本件契約上先ず原告のなすべき履行の受領を予め拒絶したため、原告は上田に対し金員の提供をしなかつたものであり、その際原告等が新たに出口より承諾書を徴する必要のないことを力説し、出口に承諾書の交付を交渉し時日を徒過するときは府知事の許可到達後三十日以内に被告会社に対し約定金員の支払ができなくなり、その結果折角の前記契約が失効しては原告としては由々しいこととなる旨告げ、右呈示の承諾書により取引方を極力要請したのに対し、上田は之を肯ぜず是非共出口を納得させて新規に承諾書を徴して提供して貰いたい、その代り出口と交渉するため約定の弁済期限を経過することになつても被告会社としては期限徒過に対して異議を述べない旨述べたものと認めるのが相当である。右認定に反する証人上田竜之助の証言被告会社代表者本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の如き事実関係の下に於ては原告が更に言語上の提供をなしても被告会社が受領を拒むべきことは、当然推測されるのであるから、かかる場合にもなお形式的に言語上の提供をなしその受領を催告することは全く無意義でありそれをしなくても原告は履行遅滞の責を負わないものと解せざるをえない。(昭和二十三年(オ)第四四号同年十二月十四日最高裁判所判決参照)即ち原告はその債務を弁済しようとしても被告会社が拒んだため弁済することができなかつたのであるから、これを以て原告の責に帰すべき事由による不履行となすことはできない。而して本件契約条項による契約消滅は斯る不履行のあつた場合の制裁と認むべきは当然であるから茲に本件契約は消滅せず無期限となつたと認むべきである。次に第一、被告は本件契約は京都府知事の許可を停止条件としているところ、原告の得た許可は約旨に違反し無効のものであるから結局府知事の許可がなかつたことになり、本件契約は条件不成就により消滅しているから、昭和十九年四月七日に被告会社がその提供を受領することを予め拒絶したり、期限の猶予をしたりするのに由ないものであると主張するので、この点について考察する。(一)原告が府知事に対し約定期間内に提出した許可申請は返戻せられ右期間経過後再度提出した申請に対し、許可を受けたものであることは原告の認めるところであるが、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証の一、二同第五号証、証人青木虎之輔の証言原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は約定の期間内に宅地建物等価格統制令第二条但書による許可申請をしたところ、係官巽は曩に被告会社が本件不動産の一部を島津製作所に売却せんとして、その譲渡価格につき許可を申請したのに対し昭和十七年十一月十六日府知事が許可を与えていたところからして、同一物件にかかる譲受人において変更があつたにすぎないものと認め、譲渡人たる被告会社の側から許可申請をするのが相当であるとして昭和十八年二月三日付京都府経済部長名義で申請書類を返戻した。そこで原告は青木虎之輔を煩わし、原被告間の契約により原告より申請することになつている事情を説明してその進達方を係官に懇請したところ、係官も之を了解して被告会社に対する前記許可を取消し、昭和十九年一月六日付の再度の許可申請を待つて之が許可を与えたものと認められるのであつて、右の認定の如き事情よりするときは、右許可は期限後の申請に係るものではあるが、原告の責に帰すべき事由に基くものではないから、約旨に反する無効のものと言えないのみならず、成立に争のない甲第六号証の一、二によると許可申請の約定期間経過後たる同十八年六月頃被告会社は原告に対し、適法に許可申請の途があるならば右期限経過は問題にしない旨を表明しておることが認められるから昭和十八年一月二十日の申請期限を終期を定めず伸長したものであると解せられるので、この点よりするも右許可は約旨に反する無効のものとは言えない。(二)次に被告は右許可申請が虚偽の事実を記載したものであり、右申請を基礎としてなされた許可は無効であると主張するが証人出口守男の証言、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第三号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第四号証の一、並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、右申請書には出口に支払うべき金額中出口が山陽無尽に支払つた利子金二千五百五十円を金四千百二十五円となす等事実と相違した記載があることは認められる。けれども右申請書に右の如き些末な虚偽の記載がありかかる虚偽の申請理由に基いて知事の許可がなされたからとて、未だこれを基礎として与えられた府知事の許可を当然無効ならしめるものとはいえないと解するのが相当である。(三)次に被告は右許可は申請の譲渡価格を若干修正して許可したものであり、且つその許可譲渡価格は被告に支払うべき金五万八千三百十五円八十四銭と出口に支払うべき金二万八千円との合計に遠く及ばないから約旨に反する許可であると主張するけれども、本件契約条項上右許可は申請を無修正無条件に認めたものでなければならないと解すべき根拠がないのみならず、前記契約の内容よりするときは、府知事の許可さえ得れば足りその譲渡価格の如何の如きは本件契約の効力に何等の影響がないものであるか否かは暫く措き、少くとも被告会社に支払うべき金五万八千三百十五円八十四銭を超える価格につき許可があつたときは契約にいわゆる京都府知事の許可があつたものということができると解すべく、出口に支払うべき金二万八千円を加えて金八万六千三百十五円八十四銭を超える価格につき知事の許可がなければならないと考えるべき根拠に乏しいので、この点よりして被告の右主張は採用できない。仍て本件契約は条件不成就により失効したとの被告の抗弁は失当である。而して第二、本訴の提起されたのは本件記録より明かな如く昭和二十三年八月五日であつて、右の昭和十九年四月当時よりすれば相当の年月を経過しており、被告はその間原告が右の権利を放棄したものであると主張し、当時戦争が次第に苛烈になつて都市爆撃が繰返されるようになり、都市よりの疎開が流行して一時不動産の価格は下落し、物によつては殆んど無価値となつたものさえあるに至つたことは当裁判所に顕著な事実であるけれども、右の如き事実を以ては未だ原告が前記契約に基く本件不動産の所有権移転登記請求権を放棄したものとは認め難く、却つて当事者間に争のない前記昭和十九年(ワ)第二〇号契約存在確認訴訟の提起及び取下の事実に成立に争のない甲第十号証の一乃至九、証人青木虎之輔の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、当時出口は前記認定の如く原告及び被告会社を共同被告として本件契約不存在確認を請求する訴訟を提起しており、右は昭和十九年(ワ)第二〇号として係属中であつたので、被告は竹川弁護士を後には山崎弁護士を代理人として応訴していたところ(若し本件不動産の所有権移転登記請求権を放棄したとすれば右応訴を断念すべかりしに拘らず)訴訟は昭和二十二年五月二十一日の口頭弁論期日が休止となり休止満了によつて取下になつたので、原告はその後昭和二十三年八月五日本訴を提起した事実が認定できるのである。次に第三、被告はたとえ原告主張の如き債務が被告会社に存するとしても、それは金融機関再建整備法第四条及び同法施行令第二条により旧勘定の負債であつて、原告は右債権を当該金融機関たる被告会社に届出しなかつたから、右債務は旧勘定の整理から除斥せられその請求権は消滅したと主張するので、この点につき判断するに、同法第四条及び同法施行令第二条にいわゆる債権債務とは純法律的観点というよりむしろ会計学上の通念に従い、通常貸借対照表に掲げる資産負債を意味するものと解せられるところ、所有権移転登記の権利義務の如きは右にいわゆる債権債務とは認められないので、右は前記各法条の適用を受けないものと解し右の抗弁は採用しない。次に第四、事情変更の抗弁について考察するに、不動産の価格が敗戦によるインフレーシヨンの激化により本件契約当時に比較して急騰し、契約上の代価が著しく低廉になつたことは公知の事実で、これは正しく売買契約成立当時に於けるその環境であつた事情の変更に該当すること疑なく、この事情の変更は被告の予見せず且つ予見できない性質のものなることが推定せられ、またこの事情の変更は被告の責に帰すべからざる事由により発生したものなることも明かである。併しながら被告に於てこの事情の変更を主張し得るためにはこのような代金の儘価格の高騰した不動産について原告が所有権移転登記を求めることが著しく信義誠実の観念に反する場合でなければならぬことはいうまでもない。(昭和二四年(オ)第三一〇号同二六年二月六日最高裁判所判決参照)所が本件不動産の価格の騰貴は被告が前記の通り代金の受領を遅滞している間に発生したものである。若し被告が原告よりその受領を促された当時に受領していたならば被告はインフレーシヨンの激化する前の契約当時と大差のない貨幣価値の代価を受領しえた筈である。その時に自らの恣意を以て受領を拒否しておきながら今更事情変更の故を以て契約の履行を拒否することはそれこそ信義誠実の観念に反し到底之を是認しえない。尤も我民法上債権者は受領義務を有するものでなく従て受領を拒否してもそのこと自体が直に債務不履行となるものではない。又本件は原告に於て先給付の義務を負担したものであるから、被告を受領遅滞に陥らしめた丈では未だ以て被告の債務の履行遅滞を生じたものでもない(その為には先給付義務の履行として供託することを要するであろう)。併しながらその故を以て本件の場合被告に於て事情変更を抗弁しうるとすることは余りにも形式的な解釈にすぎ、近時信義誠実の原則の適用として債権者遅滞の効果が拡大されようとする傾向に反するものである。更に又契約当時と事情が変更したからといつて当然に契約が消滅するわけではなく、又その対価の増額を要求して相手方より拒否された場合契約内容が対価の点に於て一部変更されたものとし、その変更された額の支払を請求し得るものでもないから、その他に右契約の消滅を来すような何等の主張がない以上、被告の右抗弁は失当であるといわなければならない。よつてその余の点について判断する迄もなく、被告会社は前記契約に基き原告より金五万八千三百十五円八十四銭を受領するときは、本件不動産につき原告又は原告指定の第三者に対し所有権移転登記をなすべき義務あるものといわなければならない。而して前記認定事実によれば原告において右金員の弁済をなしても、被告において移転登記をなさざるおそれが存することは明白であるから、原告は予めその請求をなす必要あるものということができる(昭和七年(オ)第一四九号同年一一月二八日大審院判決参照)。従つて原告が右金員の支払をなすことを条件として被告に対し所有権移転登記手続をなすことを求める本訴請求は正当として全部之を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 宮崎福二 中島一郎)

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